1987 年の創業から、フェラーリの技術パートナーになるまで
Tubi Style は、イタリアのマラネッロで排気管をつくっている会社です。始まりはレースの車を仕立てる仕事で、そこで勝った技術を、道を走る車の排気管に移してきました。会社が自分で公開している沿革と、フェラーリの公式の資料を読み合わせて、その歩みをたどります。
CHAPTER 11987 年、レースの仕事から
1-1 始まりは、レースの車を仕立てる会社
Tubi Style ができたのは 1987 年です。会社の沿革は、レースの車を仕立てる会社として始まったと書いています。最初の務めは、主にモータースポーツのための排気管をつくることでした。
生まれた場所はマラネッロだと、製品のページは書いています。マラネッロは、イタリアのエミリア=ロマーニャ州の町です。フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティといった銘柄のあるこの土地を、会社はモーターバレーと呼んでいます。自分たちの歴史は、このモーターバレーに深く根を張っている、というのが沿革の最初の一文です。
1987 年は、フェラーリにとっても節目の年でした。会社の四十年を祝う車として、F40 が出た年です。フェラーリの公式の記録は、F40 を、エンツォ・フェラーリが望んだ、むだのない、純粋な、極端な車だと書いています。
その同じ年に、同じ土地で、排気管の会社が仕事を始めたことになります。二つの出来事のあいだに直接の関係があったとは、どの資料も書いていません。ただ、時代と土地は重なっています。
沿革は、この始まりの項に、もう一つのことを書いています。性能がよいだけでなく、見た目にも力のある排気管をつくる。その考えが生まれたのは、ここだった、と。
1-2 勝った場所
Tubi Style は、自分たちの製品が勝ってきたレースを並べています。F1、オートバイの MotoGP、船のオフショア・クラス1、耐久の GT の世界選手権、そしてスポーツ・プロトタイプです。
車だけでなく、オートバイも船も入っています。排気管は、エンジンのあるものならどれにも要る部品だからです。会社は、レースの部門を、創業からいままで会社の心臓だと呼んでいます。
具体的な年が書かれているのは二つです。オフショア・クラス1 を初めて勝ったのが 1994 年。そして、ルマン 24 時間を勝ったのが 2023 年です。そのあいだに、数百の勝利があったと書かれています。
2023 年のルマンは、百年の記念の大会でした。フェラーリの公式の記録によると、フェラーリは 499P でこの大会を勝っています。耐久レースのいちばん上のクラスから五十年離れていた後の、復帰の年の勝利でした。
レースの部門の役目について、会社はこう説明しています。新しい技術と材料を、まずここで試す。そこで分かったことを、客のための製品に移す。その先は、後から取り付ける製品と、自動車会社に納める純正の部品の両方です。
1-3 レースの排気管を、道を走る車へ
沿革は、会社の中心がどこから生まれたかを、はっきり書いています。レースでの勝利から、Tubi Style の心臓が生まれた。それは、排気管を客に合わせて仕立てる仕事である、と。
後から取り付ける製品は、もともと、レース用の仕組みを、売られている車に合わせ直すところから始まりました。そこから、客の求めに導かれて育ってきた。ただし、はじめの心は失っていない。会社はそう書いています。
もう一つ、会社が自分の最初として挙げていることがあります。スーパーカーを仕立てるための製品を、世界に広がる販売の網で売ったのは、自分たちが最初だった、というものです。これは会社自身の言い方なので、ここではそのとおりに写しておきます。
Tubi Style の製品が満たすべきものとして、会社は五つを挙げています。音、性能、壊れにくさ、見た目のよさ、そして取り付けやすさです。
それに加えて、買う前、買うとき、買ったあとの手助けも、Tubi Style の一部だと書いています。部品を売るだけの会社ではない、という考え方です。
CHAPTER 2工場の移り変わり
2-1 フィオラーノへ、そしてマラネッロへ
- 1987創業。主にモータースポーツ用の排気管をつくる
- 1993フィオラーノのウベルセットにある、広い社屋へ移る
- 1997設計と開発の部門ができる
- 2004マラネッロに本社を建てる
- 2012Duerre と一緒になり、Duerre Tubi Style(DTS)になる
- 2016会社の中の組み立てを改める。ロゴを少し直す
- 2020フェラーリの技術パートナー、スポンサーになる
- 2023レースの部門が、フェラーリのハイパーカーの技術の供給元になる
- 2024296 のチャレンジ用の車の、最初のシーズン
創業から六年たった 1993 年、会社は広くて使いやすい社屋へ移りました。場所は、フィオラーノのウベルセットです。沿革は、ここもモーターバレーの中だと書き添えています。
フィオラーノは、フェラーリの試験コースがある町です。フェラーリの公式の記録によると、そのコースは 1972 年に開きました。マラネッロの工場の近くの土地です。
1997 年には、設計と開発の部門ができました。コンピューターで図面を引く席と、試験と測定の道具をそろえた、と沿革は書いています。つくる仕事に、図面を引き、測って確かめる仕事が加わったことになります。
2004 年には、マラネッロに本社を建てて、生産を広げました。沿革は、日ごとに増え、きびしくなる客の求めに応えるためだったと書いています。
いまの住所は、マラネッロの Via Taruffi 16 です。会社は、自分たちの強みの一つとして、フェラーリの工場に近いことを挙げています。
2-2 合併と、立て直し
2012 年、Tubi Style は Duerre という会社と一緒になりました。会社の名前は、Duerre Tubi Style、略して DTS になります。沿革は、育つ機会に押されての合併だったと書いています。
同じ項には、レースでの経験がこの数年で固まった、という一文があります。合併のあとも、レースの仕事が会社の真ん中にあったことが分かります。
2016 年には、会社の中の組み立てを改めました。市場の変わり方に、もっと早く、もっと的確に応えるためだと書かれています。このとき、ロゴも少し直しています。
沿革が書いているのは、ここまでです。合併の相手がどんな会社だったのか、どちらがどちらを引き受けたのかといった細かいことは、今回読んだページにはありません。このページでも、それ以上は書きません。
Tubi Style の公式サイトのいちばん下には、いまも DTS の名前の入ったアドレスが書かれています。排気管の銘柄としての Tubi Style と、会社としての DTS が、並んで続いていることになります。
2-3 フェラーリとの距離
2020 年、沿革にこう書かれます。Tubi Style は、フェラーリにさらに近づいた。技術パートナーになり、スポンサーになった、と。
2023 年には、レースの部門が、フェラーリのハイパーカーの技術の供給元になりました。同じ年、ルマンの百年を記念して、LM という名前の製品の列を出しています。
フェラーリの年次報告書によると、フェラーリはルマン 24 時間を、2023 年、2024 年、2025 年と続けて勝ちました。Tubi Style が供給元になった年を含めて、三年続けての勝利です。
2024 年の項には、296 のチャレンジ用の車の最初のシーズン、と書かれています。フェラーリ・チャレンジは、持ち主が同じ車種で競うレースです。年次報告書も、296 チャレンジが 2024 年のシーズンにヨーロッパと北アメリカのシリーズで初めて走ったと書いています。
公式サイトのトップページは、いまの立ち位置をこうまとめています。世界で最も名のある銘柄の技術パートナーであり、いちばん大事なモータースポーツの計画で、フェラーリの GT のレースの部門と一緒に仕事をしている、と。
CHAPTER 3つくっているもの
3-1 三つの部門
| 部門 | 仕事 |
|---|---|
| レース | 新しい技術と材料を試し、分かったことを製品に移す |
| 仕立て | レース用の仕組みをもとに、道を走る車の排気管をつくる |
| 古い車の修復 | 古いフェラーリの排気管、タンク、管を、当時の技術と材料で直す |
会社は、仕事を三つの部門に分けて説明しています。レース、仕立て、そして古い車の修復です。
レースの部門については、第1章で見ました。創業からいままで、会社の心臓だとされている部門です。
仕立ての部門は、道を走る車の排気管をつくります。会社は、Tubi Style の製品はまず技術の製品だと書いています。音がよいだけでは足りず、つくられた目的のすべてを満たさなければならない、という考えです。
古い車の修復の部門は、ほかの二つとは少し違う仕事です。会社の説明によると、毎日、跳ね馬の古い車の排気管、タンク、管の修復を手がけています。その車がつくられた時代の技術と材料で部品をつくることを、うたっています。
この仕事ができる理由として、会社は二つを挙げています。フェラーリの工場に近いこと。そして、技術者たちの経験です。古いフェラーリについての確かな腕は、その二つから育った、と書かれています。
3-2 部品と、材料
Tubi Style がつくっている部品は、排気の通り道の全部です。エンジンから出たガスを集める管、音を整える消音器、触媒、そして車の後ろに見える出口の管。
つくる場所について、会社ははっきり書いています。どの部品も、イタリアのマラネッロにある自分たちの工場だけでつくっている、と。
つくり方にも、こだわりが書かれています。新しい製品の最初の試作は、長く試作の責任者をしてきたミケーレ・レオ本人が、いまも手がけています。設計から最後の仕上げまで、つくる段階の一つ一つを、自分で見ているそうです。
材料の例として、製品のページは 296 GTB のための排気管を挙げています。全体がインコネルという合金でできています。高い温度に耐えるので、板をずっと薄くでき、そのぶん消音器が軽くなる、という説明です。
同じページは、インコネルをチタンと比べています。チタンよりはっきり壊れにくく、しかも鋼ならではの、厚みのある、よく響く音が出る。軽さと、音と、壊れにくさ。排気管に求めるものが、材料の選び方に表れています。
3-3 フェラーリの外へ
Tubi Style はマラネッロで生まれ、モーターバレーの銘柄を得意としてきました。製品のページは、そこから出発して、扱う車が広がっていったと書いています。
いま、カタログに並んでいる銘柄は八つです。フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ、ポルシェ、アルファロメオ、アウディ、BMW、アバルト。ポルシェについては、チャンピオン・モータースポーツとの協力がきっかけだったと書かれています。
カタログに載っているのは、よく売れる製品です。けれども会社は、それが全部ではないと念を押しています。毎日のように、一台だけのための排気管の試作を設計し、つくっている。特別すぎてカタログに載せられない仕事が、長いあいだにたくさんあった、と。
自動車会社との仕事もあります。沿革は、世界の主な自動車会社と一緒に、新車に最初から付く部品を設計し、じかに納めていると書いています。後から取り付ける製品の会社であり、純正の部品の会社でもあるわけです。
会社は、製品の品質と、売り方と、売ったあとの手助けまでを、決まった手順で確かめていると書いています。レースで試し、マラネッロでつくり、世界の販売店を通して届ける。1987 年に始まった排気管の仕事は、いまもその順番で続いています。
SOURCES出典
- Tubi Style 公式サイト「About us」
https://www.tubistyle.it/en/about-us/(2026-10-02 確認) - Tubi Style 公式サイト「Products」
https://www.tubistyle.it/en/products/(2026-10-02 確認) - Tubi Style 公式サイト(トップページ)
https://www.tubistyle.it/en/(2026-10-02 確認) - Ferrari 公式サイト History「1987 Enzo's Dream」
https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1987/enzos-dream(2026-10-02 確認) - Ferrari 公式サイト History「1972 Home Track」
https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1972/home-track(2026-10-02 確認) - Ferrari 公式サイト History「2023」
https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/2023/2023(2026-10-02 確認) - Ferrari N.V.「2025 Annual Report and Form 20-F」
https://ferrari.scene7.com/is/content/ferrari/Ferrari_Annual_Report_2025?s(2026-10-02 確認)
この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や台数などの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と車名は、各社の商標です。