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NOTES 18

F40(中)。台数、窓、触媒、色。一台ごとの違いを読む

1311 台か 1315 台か。引き戸の窓、触媒なし、アメリカ仕様の 213 台、そして右ハンドル

F40 は、どれも同じ車に見えます。色は赤、内装も赤い布。けれども細かく見ると、つくられた時期と、送られた国によって、少しずつ違います。二回目は、その違いを読みます。手がかりは、フェラーリの公式の資料と、競売の会社が一台ごとに書いた出品の記録です。出品の記録には、車台番号、つくられた月、最初の持ち主までが書かれています。

CHAPTER 1何台つくられたのか

1-1 予定は 400 台だった

F40 は、はじめから 1300 台もつくるつもりの車ではありませんでした。フェラーリの公式の記事は、予定は 400 台だったと書いています。RM Sotheby's の記録も、同じ数を挙げています。

予定が変わったのは、注文が多すぎたからです。公式の年表によると、1987 年 7 月 21 日の発表の場で、900 件の注文が集まりました。予定の二倍を超えています。

公式のページは、そのときの様子をこう書いています。生産が始まる前から、何台つくられるのかも知らないまま、客たちは小切手を手に列をつくった、と。

フェラーリは、前の車で一つ学んでいました。GTO です。GTO は台数が少なく、手に入れたい人たちの騒ぎが大きくなりました。公式の記事は、F40 ではその騒ぎを避けたかったのに、GTO の四倍の数をつくると約束しても、騒ぎはかえって大きくなった、と書いています。

値段の付け方も変わりました。Sotheby's の記事によると、アメリカでの F40 の定価は 399,150 ドルで、GTO のおよそ五倍でした。GTO は新車のとき安すぎて、中古の値がすぐに何倍にもなったからです。記事は、フェラーリは同じまちがいを二度はしなかった、と書いています。

1-2 1311 台か、1315 台か

FIGUREF40 の台数と、その中の特別な仕様(公式のページと競売の記録の数)
F40 全体1311
アメリカ仕様213
F40 LM19

全部で何台つくられたのか。フェラーリの公式のページは、はっきり書いています。生産が終わったのは 1992 年で、マラネッロの工場を出た F40 は 1311 台だった、と。

Sotheby's の記事も、RM Sotheby's の 2017 年の記録も、同じ 1,311 台です。

ところが、RM Sotheby's の新しい記録は、違う数を書いています。2023 年と 2025 年の記録は 1,315 台。2026 年の記録は、マラネッロの記録によると 1,315 台まで伸びた、と書いています。

差は四台です。なぜ違うのか、どの資料も説明していません。試作の車を数に入れるかどうかの違いかもしれませんが、それは資料に書かれていないことです。このページでは、フェラーリの公式のページが 1311 台、競売の会社の新しい記録が 1,315 台と書いている、という事実だけを並べておきます。

どちらの数にしても、F40 は、台数を限ったフェラーリの中ではとても多い車です。前の GTO は 272 台、次の F50 は 349 台でした。Sotheby's の記事は、F40 を、同じ仲間の中でほとんど「ありふれた」車だとまで書いています。

1-3 車台番号で読む

TABLE出品の記録に出てくる F40(車台番号の順)
車台番号仕様時期
74045工場の試作の車。のちに LM に改められた1987 年の車として出品
80786ヨーロッパ仕様。触媒なし。引き戸の窓1989 年 9 月 16 日に納車
83620ヨーロッパ仕様。触媒なし。巻き上げの窓と冷房1989 年 11 月から 12 月に製作
84642ヨーロッパ仕様。触媒なし1990 年 4 月に保証が始まる
89382アメリカ仕様。触媒つき1991 年 6 月に完成
94277ヨーロッパ仕様。触媒つき1992 年 7 月に完成
95448F40 LM の 14 台目1992 年 12 月に完成

競売の記録を車台番号の順に並べると、つくられた時期の流れが見えてきます。番号が大きいほど、あとにつくられた車です。

いちばん若い番号は 74045 です。RM Sotheby's の記録によると、はじめは工場が量産の前の試作の車として使い、1992 年のはじめに売られました。

Sotheby's の記事は、買うときの目安を一つ挙げています。早い時期につくられた車、とくに車台番号が 70000 番台の車は、より純粋な姿なので値が高くなりやすい、というものです。

番号の前に付く記号も、仕様によって違います。上の表のヨーロッパ仕様の車は、どれも ZFFGJ34B で始まっています。アメリカ仕様の 89382 は ZFFMN34A、LM の 95448 は ZFFGX34X です。競売の記録に書かれた番号を並べただけですが、仕様ごとに記号が分かれていることが分かります。

車台番号 94277 の記録には、日本の名前も出てきます。1992 年 7 月に完成し、ドイツの持ち主を経て、1997 年 4 月までに日本へ送られました。日本では、八年のあいだに 2,009 キロメートルしか走っていません。

CHAPTER 2時期による違い

2-1 引き戸の窓

TABLE資料から読める、三つの段階
段階窓触媒車高の調整
はじめのおよそ 50 台引き戸の窓なしなし
そのあと、最初の二年ほど巻き上げの窓なしなし
1990 年ごろから巻き上げの窓ありヨーロッパ仕様はあり、アメリカ仕様はなし

F40 は、愛好家のあいだで、前期、中期、後期と分けて呼ばれることがあります。資料はその呼び名を使っていませんが、書かれている違いを順に並べると、上の表の三つの段階になります。

いちばん分かりやすいのは、窓です。Sotheby's の記事によると、はじめのおよそ 50 台には、レースの車のような引き戸の窓が付いていました。樹脂の板でできた、横に引いて開ける窓です。そのあとの車は、ふつうの巻き上げの窓になりました。

RM Sotheby's の 2017 年の記録は、少し違う書き方をしています。F40 は、開かない窓か、引き戸の窓かを選べる形で納められた、というものです。その記録の車、車台番号 80786 は、引き戸の窓を選んでいました。

同じ 1989 年の車でも、車台番号 83620 は巻き上げの窓です。記録は、もっと簡素な引き戸の窓ではなく、手で巻き上げる窓と冷房が付いている、と書いています。

引き戸の窓は、あとから付けることもありました。車台番号 84642 は、1994 年にミケロットの工場で手を入れたとき、軽い前後の覆いと一緒に、引き戸の窓に替えています。それで 30 キログラム軽くなったと、記録に書かれています。

2-2 触媒と、車高の調整

二つ目の違いは、排気をきれいにする触媒と、車の高さを変える仕組みです。

Sotheby's の記事によると、生産の最初の二年の車には、触媒も、車高を調整する足まわりもありませんでした。競売の世界では、この仕様を「ノン・キャット、ノン・アジャスト」と呼びます。触媒なし、調整なし、という意味です。

RM Sotheby's の記録は、1990 年に、触媒の付いた、より手の入った仕様の納車が始まったと書いています。ここが、時期の大きな境目です。

車高を調整する足まわりについて、Sotheby's の記事は、前を持ち上げて、あごを小石にこすらないようにするために足された、と説明しています。フェラーリの公式の年表は、速さに合わせて三段の高さに変えられる足まわり、と書いています。

いま値が高いのは、古いほうです。Sotheby's の記事は、触媒も調整もない車が、全体として値を上げはじめていると書いています。軽く、仕掛けが少なく、もとの姿に近いからです。RM Sotheby's の記録は、車高を調整する足まわりを「よく批判される」ものと呼んでいます。

2-3 アメリカ仕様の 213 台

TABLEヨーロッパ仕様とアメリカ仕様(Sotheby's の記事と RM Sotheby's の記録から)
項目ヨーロッパ仕様アメリカ仕様
台数アメリカ仕様のほかの車213 台
重さ2,765 ポンド3,018 ポンド
見た目そのまま前後に小さな黒い緩衝の部品。前の横に標識の灯り
触媒1990 年から付きはじめる全車
車高の調整あとの時期の車にありなし
計器キロメートルマイル

三つ目の違いは、送られた国です。F40 は、はじめはヨーロッパでしか買えませんでした。RM Sotheby's の記録によると、アメリカへの納車が始まったのは 1990 年です。

アメリカ仕様は、全部で 213 台です。Sotheby's の記事によると、主に 1990 年と 1991 年の型として入りました。1992 年にアメリカへ納められたのは、60 台だけです。

見分けるところは、三つあります。前と後ろに付いた小さな黒い緩衝の部品、前の横に付いた標識の灯り、そして触媒です。冷房は、はじめから付いています。

重さも違います。Sotheby's の記事は、ヨーロッパ仕様が 2,765 ポンド、アメリカ仕様が 3,018 ポンドと書いています。アメリカ仕様のほうが重い車です。

足まわりは、逆に簡素でした。RM Sotheby's の記録によると、アメリカ仕様には、車高を調整する足まわりが付いていません。記録は、そのために多くの愛好家がアメリカ仕様を好む、と書いています。車台番号 89382 は、その一台です。計器はマイルで、窓は巻き上げ、1991 年 6 月に工場で完成し、ニューヨークの最初の持ち主に納められました。

CHAPTER 3色と、ハンドルの位置と、特別な一台

3-1 工場を出た色は、赤だけ

F40 の色について、Sotheby's の記事は一行で書いています。車体はケブラーと炭素繊維でできていて、その一台一台すべてが、フェラーリのロッソ・コルサに塗られている、と。

同じ記事の中で、RM Sotheby's の担当者も言っています。F40 は、あとの時代のスーパーカーと違って、外の色にも内装の色にも種類がない。だから買うときに見るのは、状態と、来歴と、走った距離と、納められたときの仕様だ、と。

内装も決まっています。競売の記録は、どの車についても同じ言葉を使っています。ロッソ・コルサの塗装に、ストッファ・ヴィゴーニャの内装。赤い布を張った座席です。

つまり、資料に従うかぎり、工場を出た F40 は赤だけです。黄色や黒の F40 を見かけることがあれば、それは工場を出たあとで塗り替えられた色、ということになります。

内装の色が違う一台だけは、公式の年表に出てきます。ジャンニ・アニエッリのためにつくられた「F40 ヴァレオ」です。室内の布は、赤ではなく黒でした。レースの車は別で、車台番号 74045 は、1995 年にフランスのレースの青に塗られています。

3-2 右ハンドルはあったのか

F40 は、左ハンドルの車です。右ハンドルの F40 について書いている資料は、今回読んだ中では一つだけでした。オーストラリアの競売の会社の、出品の記録です。

その記録は、こう書いています。右ハンドルの F40 は、世界に数えるほどしかない。ほかに知られている右ハンドルの車は、すべて、新車のときにブルネイの国王のために改造されたものである、と。

出品された車そのものは、国王の車ではありません。1990 年 5 月 11 日にスイスで納められた、触媒なしの車です。2005 年にオーストラリアの持ち主が買い、技術者である本人が、右ハンドルに改造しました。記録によると、骨組みには手を入れていないので、左ハンドルに戻すことができます。

ここから分かるのは、二つです。工場が右ハンドルの F40 をつくったとは、この記録は書いていません。右ハンドルの車は、どれも改造でできたものとして書かれています。

ただし、この記録は売り手が書いた説明です。競売の会社は、内容は売り手か持ち主が出したもので、買う人は自分で確かめてほしい、と断っています。ブルネイの車が何台あったか、だれが改造したかは、この記録には書かれていません。このページでも、そこから先は書きません。

3-3 特別な一台と、いまの値段

TABLE出品の記録に出てくる値段
競売車結果
London 2017車台番号 80786。触媒なし、引き戸の窓775,000 から 975,000 ポンドの見込みで、売れず
Arizona 2023車台番号 94277。ヨーロッパ仕様、触媒つき2,150,000 ドル
Miami 2025車台番号 89382。アメリカ仕様3,580,000 ドル
Monterey 2025車台番号 95448。F40 LM11,005,000 ドル
Monaco 2026車台番号 83620。触媒なし、走行 1,799 km4,336,250 ユーロ
Woodcote Park 2026車台番号 84642。ジャン・サージュの車3,605,000 ポンド

同じ F40 でも、一台ごとの来歴で値が変わります。上の表は、今回読んだ出品の記録の結果です。

車台番号 83620 は、二人の持ち主しかいない車です。三十年近く、動かさずにしまわれていました。記録によると、ミケロットの工場で二年をかけて整備し直し、かかった費用は 165,000 ユーロを超えています。もとの塗装も、もとのタイヤも残されました。

車台番号 84642 は、フランスのレースの世界の人、ジャン・サージュの車です。サージュは、アメリカでの F40 のレースの計画を率いた人でした。1994 年、ミケロットに頼んで自分の車に手を入れています。出力は 527 馬力に上がり、重さは 136 キログラム減りました。道を走れる車のままです。

この車には、Tubi の名前も出てきます。記録によると、いま付いている排気の仕組みは、Tubi のものです。

Sotheby's の記事は、買う人への助言をこうまとめています。アメリカ仕様は、アメリカの買い手にとっては値が高い。早い時期の車は、より純粋なので値が高い。そしていちばん高いのは、レースのための F40 LM である、と。その LM については、次の回で読みます。

SOURCES出典

  1. Ferrari 公式サイト「Ferrari F40 (1987)」
    https://www.ferrari.com/en-EN/auto/f40(2026-10-02 確認)
  2. Ferrari 公式サイト History「1987 Enzo's Dream」
    https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1987/enzos-dream(2026-10-02 確認)
  3. Ferrari 公式サイト Magazine「Automotive Nirvana」
    https://www.ferrari.com/en-US/magazine/articles/lasting-legacy-the-ferrari-f40(2026-10-02 確認)
  4. Ferrari 公式サイト Magazine「The F40 at 30」
    https://www.ferrari.com/en-EN/magazine/articles/the-ferrari-f40-revisited(2026-10-02 確認)
  5. Sotheby's「Everything You Need to Know about the Ferrari F40」
    https://www.sothebys.com/en/articles/everything-you-need-to-know-about-the-ferrari-f40(2026-10-02 確認)
  6. RM Sotheby's London 2017, Lot 117「1988 Ferrari F40」(車台番号 80786)
    https://rmsothebys.com/auctions/lf17/lots/r152-1988-ferrari-f40/(2026-10-02 確認)
  7. RM Sotheby's Monaco 2026, Lot 147「1989 Ferrari F40」(車台番号 83620)
    https://rmsothebys.com/auctions/mc26/lots/r0056-1989-ferrari-f40/(2026-10-02 確認)
  8. RM Sotheby's Woodcote Park 2026, Lot 136「1990 Ferrari F40 'Jean Sage' by Michelotto」(車台番号 84642)
    https://rmsothebys.com/auctions/wp26/lots/r0041-1990-ferrari-f40-jean-sage-by-michelotto/(2026-10-02 確認)
  9. RM Sotheby's Miami 2025, Lot 258「1991 Ferrari F40」(車台番号 89382)
    https://rmsothebys.com/auctions/mi25/lots/r0050-1991-ferrari-f40/(2026-10-02 確認)
  10. RM Sotheby's Arizona 2023, Lot 158「1992 Ferrari F40」(車台番号 94277)
    https://rmsothebys.com/auctions/az23/lots/r0043-1992-ferrari-f40/(2026-10-02 確認)
  11. RM Sotheby's Paris 2019, Lot 126「1987 Ferrari F40 LM」(車台番号 74045)
    https://rmsothebys.com/auctions/pa19/lots/r0085-1987-ferrari-f40-lm/(2026-10-02 確認)
  12. RM Sotheby's Monterey 2025, Lot 260「1993 Ferrari F40 LM by Michelotto」(車台番号 95448)
    https://rmsothebys.com/auctions/mo25/lots/r0053-1993-ferrari-f40-lm-by-michelotto/(2026-10-02 確認)
  13. RR Auctions, Lot 17「1990 Ferrari F40」
    https://rrauctions.com.au/lot/17(2026-10-02 確認)

この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や台数などの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と車名は、各社の商標です。

CONTRIBUTOR山岸 勇輝Yuuki YAMAGISHI

独立研究者(Independent Researcher)。公式の資料や統計など、一次の資料にあたって書くことを続けている。

yamagishiyuuki.com