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NOTES 08

フェラーリの赤には、名前がいくつもある

ロッソ・コルサだけではない。国の色から始まった赤と、黄色と、青の話

フェラーリといえば赤ですが、その赤は一つではありません。ロッソ・コルサ、ロッソ・スクーデリア、ロッソ・ディーノ、ロッソ・ムジェッロ。名前の一つ一つに、レースや町や車の歴史が付いています。そもそも、なぜ赤なのか。最初のフェラーリは本当に赤かったのか。フェラーリの公式の記事をもとにたどります。

CHAPTER 1赤は、どこから来たのか

1-1 赤は「イタリアの色」だった

フェラーリの赤は、フェラーリが選んだ色ではありません。国に割り当てられた色でした。

フェラーリの公式の記事によれば、1920年代、国際レースを取り仕切る団体は、どの国の車かがひと目で分かるように、国ごとに色を決めました。フランスは青、ドイツは白、イギリスは緑、ベルギーは黄色。そしてイタリアが赤です。この赤が「ロッソ・コルサ」、レースの赤と呼ばれました。

フェラーリの公式の別の記事は、この色を「イタリアのレースの車の、歴史ある国際的な色」と呼んでいます。そして、赤はフェラーリの血そのものを表す、と続けています。フェラーリにとって赤は、好みで選んだ色というより、イタリアのレースの車であることの印でした。

記事を書いたデザインの専門家は、赤という色の強さにも触れています。赤はほかのどの色よりも目立ち、遠くからでも見える。だから町の中では、赤い服を着る人はあまりいない。スポーツには「すぐ見分けが付くこと」が要るので、赤はレースに向いた色でした。

1-2 最初のフェラーリは、えんじ色だった

ここで一つ、意外な話があります。最初のフェラーリは、いま思い浮かべるような明るい赤ではありませんでした。

公式の記事は、こう書いています。1947年3月12日にマラネッロの門を出た最初のフェラーリ、125 S は、暗いえんじ色だった。その三年あと、1950年5月21日のモナコ・グランプリを走った 125 F1 も同じ色だった、と。この暗い赤が、二十世紀の初めからイタリアのレースの車の公式の色だったのです。

フェラーリはこの色を忘れていません。2020年、F1での1000回目のグランプリを迎えたとき、スクーデリアの二台は特別な色で走りました。最初のころの車の色を、忠実に写したえんじ色です。

2022年のF1の車 F1-75 の名前も、同じ記憶につながっています。「75」は、125 S から数えて七十五年という意味でした。この年の赤は「ロッソ・フェラーリ F1-75」という名前で、道を走る車にも塗れるようになっています。公式の記事によれば、特別な装備の一つとして、どの車種でも選べる色です。レースの車の色が、そのまま客の車の色になる。フェラーリの色の作り方は、昔からこの向きでした。

1-3 赤だけが残った理由

では、なぜフェラーリだけが、いまも赤なのでしょうか。

公式の記事によれば、1960年代、F1に広告主の色で車を塗るやり方が入ってきました。国の色の決まりは意味を失い、各チームは広告主の色に塗り替えていきます。その中で、昔からの赤一色を守り続けたのは、フェラーリだけでした。だから道を走るフェラーリも、赤と結び付けて見られるようになります。

エンツォ自身の有名な言葉があります。「子どもに車の絵を描かせてごらん。きっと赤く塗るから」。公式の記事を書いた専門家は、ほぼ一世紀のあいだ、赤は速さとスポーツの誇りを表す色であり続けた、と書いています。

数字も残っています。公式の記事によれば、いちばん多かった1990年代の初めには、作られたフェラーリの85パーセントが赤でした。赤は、ほとんど決まりごとのような選び方だったのです。2018年の記事は、いまでも40パーセントが赤だと書いています。2021年の記事は、注文のおよそ半分を赤が占めるとしています。ほかの色を選ぶ人が増えても、赤はまだ一番です。

FIGURE赤いフェラーリの割合(パーセント。公式の記事の数)
1990年代の初め85
2018年の記事40

CHAPTER 2赤の名前、いろいろ

2-1 ロッソ・コルサ

いちばん有名で、いちばん選ばれている赤が、ロッソ・コルサです。意味は「レースの赤」。公式の記事は、この色を、はっきりして生き生きした赤だと説明しています。金属の輝きを足していない、素の赤です。

この色しか選べなかった車もあります。記事によれば、288 GTO のように、フェラーリを代表する車のいくつかは、この赤だけで売られました。

新しい車を世に出すときにも、この色が選ばれます。2018年3月のジュネーブのショーで 488 ピスタの覆いが外されたとき、下から現れたのはロッソ・コルサの一台でした。なぜこの色かと聞かれて、フェラーリの担当者はこう答えています。「ロッソ・コルサは、私たちの血に根を下ろしている。いちばん私たちらしい色だ」。

変わった話もあります。記事によれば、ロッソ・コルサは宇宙へ行きました。2003年、欧州宇宙機関の火星探査機に、この色を入れた小さな容器が積まれています。積む前には、宇宙の厳しい条件に耐えられるかどうか、熱と力の試験を受けました。

2-2 スクーデリア、ムジェッロ、ディーノ、フィオラノ

ロッソ・コルサの隣には、少しずつ違う赤が並んでいます。

ロッソ・スクーデリアは、コルサより明るい赤です。公式の記事は、F1のチームが使ってきた歴史のある色だと書いています。名前のとおり、スクーデリアの赤です。逆に、コルサより暗いのがロッソ・ムジェッロ。ムジェッロは、フィレンツェの近くにあるサーキットの名前で、年次報告書によれば、フェラーリが持ち主です。

昔の車にちなんだ赤もあります。記事はこれを「歴史の色」と呼んでいます。ロッソ・ディーノは、ディーノ 206 GT が世に出たときの色で、少し橙のほうへ寄った赤です。ロッソ・フィオラノの名は、1972年に開いた自前のテストコースから来ています。

特別な赤として記事が挙げるのは、ロッソ・モンツァ、ロッソ・フォーミュラ1 2007、ロッソ・フオーコ、ロッソ・ベルリネッタです。名前を見ると、サーキットの名、F1の年、車の形と、フェラーリの歴史がそのまま色の名前になっていることが分かります。色を選ぶことが、歴史のどこかを選ぶことになる。そういう名付け方です。

2-3 新しい車と一緒に生まれる赤

赤は、いまも増え続けています。公式の記事によれば、新しい赤は、新しい車と一緒に生まれることが多いそうです。

ロッソ・カリフォルニアとロッソ・ポルトフィーノは、どちらも車の名前を持つ赤で、金属の粉を混ぜた手の込んだ塗りです。ロッソ・ポルトフィーノは、フェラーリ・ポルトフィーノを世に出すために作られた色で、三層に塗り重ねます。記事は、イタリアのリヴィエラの上等な赤ワインを思わせる色だと書いています。

昔からの色も、形を変えています。ロッソ・コルサ・メットは、2015年に 488 GTB と一緒に出ました。ロッソ・コルサに、光の当たり方で分かる程度の金属の輝きを足した色です。2017年には、会社の七十周年を祝うロッソ 70 アンニが作られ、812 スーパーファストに初めて塗られました。

TABLE赤の名前(公式の記事の説明)
名前説明
ロッソ・コルサレースの赤。金属の輝きを足していない、素の赤
ロッソ・スクーデリアコルサより明るい。F1のチームが使ってきた色
ロッソ・ムジェッロコルサより暗い。サーキットの名前
ロッソ・ディーノディーノ 206 GT の色。少し橙に寄る
ロッソ・フィオラノ1972年に開いたテストコースの名前
ロッソ・ポルトフィーノ車と一緒に生まれた色。三層に塗り重ねる
ロッソ・コルサ・メット2015年。コルサに金属の輝きを足した色
ロッソ 70 アンニ2017年。会社の七十周年の色

2021年の記事によれば、注文の画面で選べる赤は九つあります。それでも足りなければ、「テーラーメイド」という仕組みがあります。客が持ち込んだどんな色の見本からでも、その人だけの色を作る。記事は、赤の種類に限りは無いと書いています。

CHAPTER 3赤だけではない

3-1 黄色は、モデナの色

フェラーリのもう一つの大事な色は、黄色です。

跳ね馬の盾を思い出してください。黒い馬の後ろは、黄色です。バラッカ博物館の記録によれば、この黄色はモデナの色でした。エンツォが、生まれた町の色を馬の後ろに置いたのです。車体の赤は国から割り当てられた色ですが、盾の黄色は、エンツォが自分で選んだ色でした。

その黄色は、車体の色の名前にもなっています。公式の記事は、フェラーリの色の幅を説明するのに、明るい黄色の「ジャッロ・モデナ」を真っ先に挙げています。

ディーノの印も、黄色でした。車種のページによれば、ディーノの車の鼻先に付いていたのは、黄色い地に青い字で署名を入れた、横長の四角い印です。跳ね馬の盾と同じ黄色の地に、馬の代わりに息子の署名が入っていたことになります。

3-2 青と白

レースの歴史をたどると、赤くないフェラーリにも出会います。

1964年、F1の最後の二戦で、フェラーリの車は白と青に塗られていました。アメリカの輸入元が持つチーム、NART の色です。公式の年表によれば、これは 250 LM を量産車として公認しなかった当局への抗議でした。ジョン・サーティースが世界王者を決めたのは、この白と青のフェラーリです。赤を守り続けたフェラーリが、自分から赤を降ろした珍しい例でした。

色がいちばん多彩なレースの車として年表が挙げるのは、250 GTO です。年表は、この車が昔からの赤のほかに、いちばん多くの色違いの車体を持つレースの車だと書いています。そして、そのことを「この車が芸術品であることの表れ」と呼んでいます。

道を走る車の色では、公式の記事が黄色と並べて挙げる、暗い青の「ブルー・ポッツィ」があります。赤から黄色、そして深い青まで。七十五年のあいだに、色の見本帳はずいぶん厚くなりました。

3-3 色に意味を与えるのは、勝ち続けること

最後に、色の専門家が公式の記事に書いた一節を紹介します。

赤い車は、フェラーリだけではありませんでした。赤いマセラティも、赤いアルファロメオもありました。けれど「フェラーリの赤」のように、色そのものが一つの考えになった例は、ほかにありません。なぜでしょうか。

専門家は、一つの実験を引いています。アメリカの調査で、会社員に黄色い鉛筆と緑の鉛筆を渡したところ、一週間後、多くの人が黄色のほうを選び、緑は削りにくいと不満を言いました。二本は、色のほかは同じ鉛筆でした。長いあいだ、よく売れる鉛筆が黄色だったので、黄色が「鉛筆らしい色」になっていたのです。色は、物についての思い込みを作ります。

専門家の答えは、問いを逆さにすることでした。フェラーリの赤がうまくいったのは、ほかより良い赤を選んだからではない。長い年月にわたってレースに勝ち続けたことが、あの赤に意味を与えたのだ、と。うまい売り方が正しい色を選ぶのではなく、続いた成功が色に価値を付ける。黒はたくさんあるが、ある一つの黒だけがある服の店の色になる。それと同じだ、というわけです。

塗る技術も進んでいます。公式の記事によれば、フェラーリは2004年に、水を使う塗料の仕組みを、世界でも早い時期に入れました。2018年には、仕上げの透明な層を、150度ではなく100度で焼ける新しい方法を入れています。使う熱が減ります。自動車メーカーとしては世界で初めてでした。

TIMELINE色にまつわる出来事
  1. 1920年代国ごとにレースの車の色が決まる。イタリアは赤
  2. 1947最初のフェラーリ 125 S は、暗いえんじ色だった
  3. 1964F1の最後の二戦を、白と青で走る
  4. 2003ロッソ・コルサが、火星探査機に積まれる
  5. 2004水を使う塗料の仕組みを入れる
  6. 2018透明な層を100度で焼く方法を入れる
  7. 20201000回目のグランプリを、えんじ色で走る
  8. 2022F1の車 F1-75 の赤が、道を走る車でも選べるようになる

色の名前は歴史を運び、色の作り方は先へ進む。赤は一つではありませんが、どの赤も、マラネッロで塗られています。

SOURCES出典

  1. Ferrari Magazine「Rosso Ferrari」(2018年3月20日)
    https://www.ferrari.com/en-EN/magazine/articles/ferrari-colors-rosso-portofino-rosso-corsa-racing-red(2026-10-02 確認)
  2. Ferrari Magazine「Does Rosso Ferrari exist?」(2021年1月7日)
    https://www.ferrari.com/en-EN/magazine/articles/does-rosso-ferrari-exist(2026-10-02 確認)
  3. Ferrari Magazine「A Very Special Red」
    https://www.ferrari.com/en-US/magazine/articles/a-very-special-red(2026-10-02 確認)
  4. Ferrari Magazine「The power of colours」(2019年7月3日)
    https://www.ferrari.com/en-EN/magazine/articles/colours-jewellery-rosso-corsa-seduce-distinguish(2026-10-02 確認)
  5. Museo Francesco Baracca「Il Cavallino Rampante」
    https://www.museobaracca.it/il-cavallino-rampante/(2026-10-02 確認)
  6. Ferrari 公式サイト「Dino 206 GT」
    https://www.ferrari.com/en-EN/auto/dino-206-gt(2026-10-02 確認)
  7. Ferrari 公式サイト History「1962 Masterpiece」
    https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1962/masterpiece(2026-10-02 確認)
  8. Ferrari 公式サイト History「1964 Hero of the Two Worlds」
    https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1964/hero-of-the-two-worlds(2026-10-02 確認)
  9. Ferrari 公式サイト History「1972 Home Track」
    https://www.ferrari.com/en-EN/history/moments/1972/home-track(2026-10-02 確認)
  10. Ferrari N.V.「2025 Annual Report and Form 20-F」
    https://ferrari.scene7.com/is/content/ferrari/Ferrari_Annual_Report_2025?s(2026-10-02 確認)

この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や台数などの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と車名は、各社の商標です。

CONTRIBUTOR山岸 勇輝Yuuki YAMAGISHI

独立研究者(Independent Researcher)。公式の資料や統計など、一次の資料にあたって書くことを続けている。

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